鳩間島豊年祭

 毎年7月下旬頃行われる鳩間島最大の行事です。人口50人の島に何百人もの島出身者が帰省し、神への感謝、ミルク、ハーリー、綱引きと、盛りだくさんの行事が繰り広げられます。豊年祭でハーリーと綱引きの両方を行う集落は他に無く、鳩間島豊年祭の大きな特徴となっています。(2009年撮影)


 トーピンの祈願です。本来、鳩間島豊年祭は旧暦6月の壬、癸、甲に3日間連続で行われ、1日目の夜に御嶽での祈願、2日目に奉納芸能とハーリー、3日目に綱引きがあります。しかし近年では、高齢化、過疎化により祭を取り仕切る神司が不在となったこと、石垣島の郷友会なしでは祭が成り立たないことなどから、1日目は事前に済ませた上で、2日目、3日目を癸、甲最寄りの土・日に行うことが多いとのことです。2009年もそのような形態で開催され、ユドゥーシは事前に済ませた上で、土曜日の昼過ぎ、友利御嶽での祈願から行事が始まりました。


 12時30分からサンシキ広場にて奉納芸能が始まり、東西2本の旗頭が会場入りします。


 続いてミルク様が来訪します。この年、鳩間島のミルク様は数十年ぶりに衣装を更新したとのことで、真新しい水色の衣装を身につけての来訪となりました。他の島のミルク様はほとんどが黄色の衣装を着けていますが、鳩間のミルク様は以前は紺色、今後は水色と特徴的です。


 お供の女性達を従え、旗頭をバックに舞うミルク様です。ミルク様は祭りの初めにしか登場せず、この4,5分間後にどこかに消えてしまいます。


 ミルク行進終了後、カムラーマがあります。カムラーマは子孫繁栄の神様で、黄色い衣装を身に着けたおじいさん役が子供達の頭をグバ笹で撫でて回ります。カムラーマは鳩間島独特で、他島の祭りでは見られない演目です。


 この年は竹富町他島の民俗芸能保存会の方々が見学ツアーに訪れており、とても観客が多かったです。


 カムラーマに続き、棒術やマミドーマなど、様々な芸能が奉納されます。鳩間島の人口は50人ほどですが、奉納芸能には多くの郷友会員も参加しているそうです。郷有会員のほとんどは、鳩間島に到着後、わずか数時間の練習をしただけだそうですが、現住島民と見分けがつかない見事な踊りを披露していました。血のなせる技なのでしょうか。


 青年会による棒術です。


 14時半に奉納芸能が終了し、ハーリーが始まります。鳩間島のハーリーでは、東西2組の船により競漕が行われ、先に帰着し神司の杯を受けた組が勝利者となります。豊年祭でハーリーが行われるのは、八重山では鳩間島と黒島のみで、これは鳩間島が黒島からの移民により拓かれた島であることに起因するそうです。


 2艘の船が競漕を開始し、女性達が浜で声援を送ります。


 赤組の漕ぎ手が神司の代行を務める公民館長から杯を受け、勝利を決めます。


 これにて2日目の行事が終了し、新しく完成した鳩間港ターミナルにて、歌と踊りで帰る人々を見送ります。

 2009年の鳩間島豊年祭は天候にも恵まれ、翌3日目の綱引きも通常通り開催されるかと思いましたが、3日目朝に突如熱帯低気圧が警戒し、これを警戒して急遽石垣に戻る方が多く、3日目の行事は中止となりました。鳩間の豊年祭、特に3日目の綱引きは悪天候で中止になることが非常に多く、私も4,5回見学を試みて、3日目の行事を見学できたことは一度しかありません。残念ですが取り残されてはかなわないので、私も慌てて石垣に戻り、黒島の豊年祭へと向かいました。

開催日
 旧暦6月(新暦7月中旬から8月上旬)の3日間開催される。2005年頃までは旧暦の壬、癸、甲に合わせ3日間連続で行われていたが、近年では1日目のみ旧暦本来の開催日に行い、2日目、3日目をその翌週の土日に行うことが多い。
メモ
1日目(ユドゥーシ)
 21時頃から翌朝5時頃まで、友利御嶽で神に祈りを捧げる。
2日目(トーピン)
 サンシキ広場にてミルク行進、カムラーマ、各種芸能が奉納されたのち、港でハーリーが行われる。昼間の行事であり、石垣島から日帰り可能な時間帯に行われる。
3日目(シナピキヌヒン)
 12時半頃よりサンシキ広場でツナヌミンの儀式、大綱引きが行われ、2本の旗頭が島内の要所を回る。
←2004 鳩間島豊年祭写真集
撮影日:
カテゴリ: 八重山